大仙市大曲・美郷町のもみほぐし整体 市の助整体院|肩こり・腰痛に

ザ・グレート・サスケさんと出会ったきっかけ

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私がプロレスにはまったのは、私が15歳の時に見た、獣神サンダーライガー VS ザ・グレート・サスケ戦がきっかけでした。

当時、プレイステーションの体験版で出ていた、ザ・プロレスというゲームが面白くて、実際のプロレスの試合ってどんなんだろうかと思い、大曲のスーパー宇宙船という本屋・ビデオ屋でプロレスビデオを借りようと思いました。当時はDVDはなく、まだレンタルビデオでした。

 

何も知らないでプロレスコーナーに行くと、やはり目を引くのはタイガーマスクさんや獣神サンダーライガーさんなどでした。マスクマンのほうが、素顔の選手よりどうしても目立ちます。

そこで私が一番最初に手に取ったのは、目立っていた「第1回 Super J-cup」というビデオでした。マスクマンがいっぱいいて、なんだか面白そうだなと感じたと思います。

 

15歳当時、プロレスを知らない私でも、獣神サンダーライガー選手は知っておりました。何か雑誌で見たのかもしれませんし、なまはげと勘違いしていたのかもしれません。でも知ってはおりました。

みちのくプロレスという存在は知らなかったと思います。ビデオのパッケージの裏に、みちのくプロレスという記載があったので、「え、東北にプロレスってあるの?」と、思った記憶があります。

 

第1回 Super J-cupのビデオの裏面を見たときに、

× ライガー VS サスケ 〇

という表記がありました。

 

本屋で、「ライガーがサスケに負けた?」「どうやって?」今でも、そう思ったことを覚えています。どうやってサスケがライガーに勝ったのか?なにかアクシデントでもあったのか?その興味だけで、第1回 Super J-cupのビデオを借りました。

 

映像はこのブログを書いた時は、Youtubeで上がっていました。

興味がある方はご覧ください。

第1回 Super J-cup 準決勝
獣神サンダーライガー vs ザ・グレート・サスケ

1 http://www.youtube.com/watch?v=wmglnj6ssic

2 http://www.youtube.com/watch?v=zHlFa62lYSg

第1回 Super J-cup 決勝
ワイルドペガサス vs ザ・グレート・サスケ

1 http://www.youtube.com/watch?v=SBj9bLXNqjk

2 http://www.youtube.com/watch?v=ZTlta_v9vv0

 

ライガーVSサスケ戦。ライガーから何度も厳しい攻撃が続きます。

バックドロップ、投げっぱなしジャーマン、パイルドライバー、アッパー掌底、フィッシャーマンバスターなど、危険な技を受けても、サスケは耐え続けていました。

 

プロレス初観戦の私は、ライガーがサスケにかける危険な技を見ていて、「うわー・・・」と目を細めて見ていました。「ライガー、もうやめてくれ」とも思っていました。

 

サスケ、まだやるのか?まだ立つのか?

サスケ、苦しいだろう?痛いだろう?ここまでやるのか?

サスケ、なぜここまでやれるのか?

私はそう思いながら見ていました。

 

耐え続けて、耐え続けて、その結果、ライガーに逆転勝ちしました。

サスケがロープにつまづいた後、ライガーが油断した一瞬のスキをついての
逆転のフランケンシュタイナーでした。

ライガーに逆転勝ちしたサスケを見て、何か私の心の奥底が熱くなるのを感じました。

東北にこんな選手がいるのか?すげえ、サスケ、すげえな。

これがプロレスなのか、プロレスってすげえな。

 

決勝戦、ボロボロの体でワイルドペガサスと戦う姿を見ました。

 

たいした休憩もしていないはずなのに、体はボロボロのはずなのに、

それでも、サスケ、何でここまでして戦うのか?

そんな思いで、ワイルドペガサスと戦うサスケを見ていました。

結果はサスケは負けてしまいましたが、私の心には熱い何かが残りました。

 

スーパーJカップ 決勝戦 試合後のサスケさんのコメントを記載します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

たまたま、今日は、本当にまぐれで、決勝まで行きました。

しかし、しかし、何がなんでも勝たなきゃ、いけなかったんです。

みちのくプロレスという、たかだか東北の山奥のちっぽけな、団体の存亡を賭けて。

勝たなければもう潰れるんですよ、この団体は。

 

ただでさえ、お山の大将だとか馬鹿にされて、

東北の地元の人たちに馬鹿にされて、認められてこなくて。

だからこの東京で、新日本という、スーパージュニアという大舞台で、

とにかく実績を残すしかなかったんですよ。

 

明日からちょっとはね、みちプロの経営も、楽になればいいんですけどね。

まあとにかく、信じられないですよ。決勝までいったっていうのは。

明日どうなるかわかんないし。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ああ、そうか、サスケはみちのくプロレスをこんな思いで背負っていたのか。

何でここまでして戦うのか?という疑問が、高校生の私でもわかりました。

何か知りませんが、泣きたくなりました。

 

当時柔道部だった私は、もっと強くなろう!と思いました。単純ですね。

柔道を高校からはじめた私は、体ができてなくて、練習はついていくだけでやっとでした。

でも、サスケは俺の何倍も辛い練習をしているんだ。と思って。頑張りました。

 

頑張れば、プロレスラーになれるのかな?とも思い、筋肉の本を読み漁りました。

毎週、学校の帰りには、週刊プロレスと週刊ゴングを読みに本屋に出かけました。

17の時にレスラーになるにはどうしたらいいと、みちのくプロレスに電話したら、

18歳になって車の免許をとってからと言われました。

いい思い出です。

 

 

そこから12年後、友人の縁で東京でサスケさんの東京後援会長と出会い、試合後食事を一緒にさせていただきました。

大ファンだった私は、スーパーJカップの話をした記憶がありますが、何を話したか覚えておりません。一緒に写真を撮っていただいたり、逆水平チョップをしてもらったり、、、。とにかくサスケさんとお話ができて、うれしかった記憶があります。

 

そんなこともあり、その後仕事の要件で何度かサスケさんとメールさせていただきまして、今はサスケさんの秋田県県南の後援会長をやらせていただいております。大ファンですので、サスケさんと話すときはまだちょっと緊張します。

写真は東京での後援会で撮影した写真です。撮影日付は2009年8月29日でした。

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